Berkeley
今日は日曜日。ひとつ原稿が仕上がったので、ご褒美に、歩いて10分ぐらいにある大学の美術館(Berkeley Art Musium)に行きました。以前にもお知らせしたように、大学内に最新の美術館があるのです。もちろん、学生や教員はIDカードを見せれば、タダで入れ ます。
今は、「麻将――現代中国アート展(Mahjong:Contemporary Chinese Art from the Sigg Collection)」という企画を中心にやっています。先々週にサンフランシスコのSFMOMAで観た企画とも重なっています。
西海岸での中国の存在感は、経済的にだけでなく、文化的にも高まっているのでしょう。SFMOMAでも観た岳敏君(Yue Miniun)や張曉剛(Zhang Xiaogang)や曾梵志(Zeng Fanzhi)の作品もありました。曾さんの仮面の作品は、今年の5月のオークションで約10億円という史上最大の値がついたというニュースも後で知りま した。
今回の企画は、これまでの現代中国アート展としては、全米で最大のものだそうです。中国の現代作家たちの膨大な量の作品をまとめて観る経験は、貴重でした。
写真の作品にもあるように、毛沢東や古代の土器、伝説の女優など、「神話」としての中国の現実や欺瞞性が鋭くえぐりだされているような作品が多 かったと思います。個人的には、隅っこに目立たなく展示してあった蔡志?という人の「Fry Fry」というビデオ作品が一番印象に残っています。美しい音楽にのせながら、きらびやかなテレビコマーシャルの映像からカメラが引いてゆくと、そのテレ ビが在る一般の中国の貧しい家の中が隈なく映し出されるという作品です。その間、美しい女性の手が、観る者を招くように、画面の手前でずっと蝶のようにゆ らゆらしているという作品です。センスの良さに感激したのと、そのユーモアに何度も声をあげて笑ってしまいました。
文化大革命とグローバル化の両極の中で、さまざまな裂け目や矛盾をかかえながらも、とにかくお構いなしに、まるでブルドーザーのように突き進む中 国。一方、その裂け目で押しつぶされる、無数の大切な「何か」。しかしまた、押しつぶされても、押しつぶされても、なおかつただ生きてゆこうとする民衆の エネルギー。
「中国」というのは、いったい何だろうか…。それがもつ混沌のエネルギーそれ自体が、世界にとって一つの革命であるような気がしました。