Berkeley
今日は、ウォールナットクリークというバークリーの郊外に行ってきました。そこには、世界的にも有名な退職者向け集合住宅街があります。写真のように広大 な土地に、約1万人のお年寄りが住んでいます。アメリカらしく、公立ではなく、個人のファンドによるものです。1960年代に退職する教員用の小さな家が 建つようになってから現在に至るまで順次拡大してきたようです。今では丘の上の方まで家が建つようになって今後はもう打ち止めのようですが、上に行くほど 価格が高く、今では最高1億円以上するといいます。山の中なので、ここでは90歳をこえるお年寄りも車を運転せざるをえません。しかしいずれにせよ、アメ リカでも比較的裕福なお年寄りが住む地域といえるでしょう。
そこに住むもう70歳にもなる大学の「大先輩」がランチにさそってくださったのです。ご主人はアメリカ人の大学教員だったのですが、ずいぶん前に お亡くなりになって、彼女は今は独りでそこに暮らしてらっしゃいます。そこに今日は、彼女の同年代のお友だちやお知り合いがやってきていて、皆さんからい ろいろ貴重な話をきくことができました。皆さん、いわゆる「新1世」(戦後、日本からアメリカに移住した人々(ニュー・カマー))と呼ばれる人々です。み なさん退職者で、多くの方がもういわゆる「3世」のお孫さんをおもちです。(ちなみに「新1世」という言い方は、戦前からきた本当の「1世」と区別するた めのことばです。本当の「1世」の方々は、戦時中収容所に入れられた世代で、もちろんアメリカ市民権もなく苦労した方々です。「会えば収容所体験の話ばか り」「天皇陛下・日の丸万歳」という文化で、「新1世」の人たちとはあまり肌合いが合わないようです。中国人や韓国人が世代をこえて一体となって助け合 い、コミュニティを作っていったのと比べ、日本人が強固な日本人コミュニティをアメリカに築けなかった一因もここにあるようです。また、日本人はアメリカ では(特に女性は)同じ日本人同士で固まるのではなく、アメリカ社会に積極的に適応し、アメリカ人と結婚することが多く、そういう文化的な事もアメリカ社 会で日本人の存在感がどんどん薄くなる理由のひとつとなっているというのも面白い視点でした。)
今日はぼくには、純粋に日系アメリカ人の中産階級以上の生活の「実態」を知るいい機会になって、とても勉強になりました。その「大先輩」のお宅の 価格は日本円で7千万ぐらい。でも最近の不動産価格の下落で、今は5千万ぐらいになっているとのことです。2千万も下がったわけです。不動産の価格が下が るというのは、戦後アメリカ経済では初めてのことで、オイルショックの時も、そういうことはなかったということです。つまり、アメリカ経済は、戦後ずっと 不動産価格が上がり続ける、少なくとも横這いであるという前提でなりたってきたわけです。一人の造園業の会社経営者の方が、格段に仕事が減ったと教えてく ださいました。また別の方によれば、ニューヨークの高級レストランはどんどんつぶれているようです。今のアメリカの不景気は、私のようにただ呑気に生活し ているだけよりも、実際にビジネスなどにかかわってこられた人の話をきくとその深刻さがよくわかります。ブッシュ政権がしっかり市場を監督しなかったこと が原因だ、と皆さん口をそろえておっしゃっていました。放蕩息子がお金を好き勝手に使って、監督しなかったばかりに、そのツケが家全体にまわってきている のだという解釈は的を射ていると思います。
さて、老後をどう生きるかという話になって、いろいろ立ち入った話をきけました。まず、アメリカには日本の年金制度や健康保険制度のようなものが ありません。それがなぜできないかと言えば、たとえば、不法移民が多いからです。つまり把握できない人口が多すぎて、「もれなく徴収し支給する」というシ ステムの構築が日本のようには不可能だからです。確かに、人口(成員)を厳格に管理できるという前提があってはじめて、日本のような徴収・支給システムが 可能であることにも気が付きました。オバマさんはそれをやろうとしていますが、そのためにはまず今よりもずっと厳格な移民管理が必要になるでしょう。
それでアメリカでは、老後はみんな「自分で」やらなければならないのですが、その先輩方の例をきくと、とにかく退職後も、アメリカではものすごい お金がかかるわけです。収入がなくなるにもかかわらず、まず終の住み家(不動産)をもっているだけで、多額の税金(日本の比ではありません)がかかりま す。保険料も年齢とともにどんどん上がっていきます。しかも保険に入っていなければ、アメリカではイコール医療にかかれないということなので、それは老人 にとって死活的です。また、アソシエーションン・フィーとか言っていたと思いますが、居住地域の管理費のようなものが月に10万円ぐらい。もちろん、電気 ガスなどの使用量や車の維持費もある。とにかく、退職後も、前に書いた「メディケア:老齢者医療保険制度」が支給されるぐらいまでは働きつづけないと生き ていけないとおっしゃっていました。
それじゃ、その費用をどうやってまかなうか。まず20代30代の若い時から、一人年間30万円ずつぐらい積み立てているようです。夫婦だと年間 60万円ぐらい。収入が多い時や、収入のある人は、もっと納めます。それは政府?に預けてあって、ある年齢になると、使えるのだそうです。高齢になっても らうそのお金を株に投資してもいいし、不動産を買ってもいい。それは個人の自己責任になるのだそうです。しかしこれは日本の「国民年金」に近いとも感じま した。また実は、日本で言う「厚生年金」のような制度もあって、会社の給料の天引きで月々「貯蓄」するようです。それらのお金を老後に使うわけですが、 月々に入るその額と、保険や税金などの費用とではちょうど相殺されるぐらいになるようです。つまり、食費や生きていくための費用は、そういう「年金」のよ うなものとは別に蓄えておかなければなりません。それゆえ、アメリカの老人たちは(もちろん個々人で事情はちがうのですが)自分が所有している不動産の価 値が上がるということが心の支えになるわけです。
加えて、アメリカでは子どもが親の面倒を見るというアジア的習慣はなく、見るところ、みなさんかなり“孤独”です。実は、日本人(日系)の退職し た7~8人が集まって賭けポーカーをするというので、ぼくはその親密な集まりにも参加させてもらいました。童心にかえって皆さん楽しそうでしたが、祖国を 離れて、さびしそうな影もその背中からひしひしと感じ取ることができました。とにかく、外国で骨をうずめるという事は、「駐在員」や旅行者とは違って、本 当に大変なことなんだと学びました。
しかも、彼らはみなさん恵まれた境遇の方々だと思います。建築家、銀行員、エンジニア、会社経営者、大学教授の妻などなど、アメリカ社会で比較的 高い地位で活躍してきた方々です。この「どこか寂しさ漂うポーカーの老後」は、アメリカではまだまだいい方だと考えた方がいいでしょう。他の普通の老人は どうなるのだろう、と思いをめぐらせました。
先の造園業の会社経営者の方にきいたことですが、彼が雇用している社員の中には当然の如く不法移民がいて、ある時そのひとりが急病で倒れた時、彼 には保険が適用されなかったために、病院に連れて行っても相手にされなかったということです。それで、その医師に「じゃあどうすればいいですかっ!?」と きいたら、答えは「オークランドの○○病院に行くしかない。早くいかないとこの人死んじゃうよ」だったそうです。
その○○病院は、そういう不法移民や麻薬中毒者、とにかく制度の受け皿からこぼれた人たちでいっぱいだったそうです。看護師さんも慣れているよう すで、手際よく「処理」していたということです。もちろん、最新の医療というわけにはいきません。でもアメリカは、そういう最後の最後で最低限のネット (息抜き)もあるわけです。そうしないと社会不安でめちゃくちゃになってしまうだろう、とおっしゃっていました。その病院はもちろん税金でまかなわれてい ます。患者の多くが「支払不能」でも、それはそういう病院としてちゃんと運営されているわけです。
しかしとにかく、<市場だけでは強者の論理になる…>。
それを今日は具体的に再認識しました。
オバマは、今までアメリカ政治を左右してきたロビー活動から徐々に距離を取ると言っています。ロビー政治とは、ホワイトハウスや議会にアクセスできる力を行使できる人の声だけをきく政治だからです。
多額の医療費をとって、限度を超えて優雅に生きている医師たちにお金を回すのではなく、アメリカ市民がより広くより安く医療サービスが受けられるようにすることもオバマの政治目標の一つにあります。しかし、これまた改めて、オバマの歩く道は険しいと思いました。
「老人から見たアメリカ」、は日本ではほとんど知るところがありませんでした。今日はまた新しい視点を得ることができました。