Berkeley
昨夜はオペラ座にモダン・バレエを観にいくことができました(写真左はオペラ座を入ったところ)。
プログラムは三部構成で、1.ストラヴィンスキー(振り付け:バランシン)、2.ウィズイン・ザ・ゴールデンアワー、3.ウェストサイド物語でした。
3番目のウェストサイド物語は、ダンサーにセリフがあったり、歌まで歌ってしまったり、ちょっと無理がありました。衣装も、ジーンズなどの普段着 だったので、表現が難しかったと思います。厳しく言えば、この領域ではミュージカルにはかないません。しかし前の二つはさすがにすばらしかった。特に2番 目がよかったです。「人間の身体の組み合わせがこれほど美しい構成と流れをつくりだすことができるのか!」と驚きました。「身体の音楽化」という、その可 能性が極限まで表現されているようで、本当にうっとりしました。個々のダンサーの鍛え抜かれ成熟した表現力も、文句のつけようがありません。2番目の振付 師は、Christopher Wheeldon と書かれてありました。忘れません。
さて、公演が終わって外に出ると、向かいの市庁舎がライトアップされて、幻想的でした(写真右)。しかしきけば、この付近の芝生では、最近までホームレスがあふれ、彼らのテントだらけだったようです。新しい市長が「一掃」したとのことです。
思えば日本でも、派遣切りにあって、ハローワークや生活保護の申請に駆け込む人が多い中、バレエ鑑賞とはまったく優雅なものです。芸術はいつも「ブルジョワジー」のもの、なのでしょうか…。
オペラ座とホームレス。何だか現代の世界を象徴するようで、フランス革命前夜のパリの様子を思い浮かべました。
春はアメリカの大学活動のピークを迎えます。
5月半ばには試験も終わり、休みに入ります。
今日、例の授業に参加しようとスプロウル広場にさしかかると、写真のように学生たちが自主的にダンスの「発表会」をしていました。
あまり天気が良くなく、肌寒かったのですが、元気な学生たちが周囲をを明るくしていました。
足をとめて少しだけ見てみると、けっしてうまくない。
あまりそろっていないし、少し照れながらやっているまるでビギナー丸出しの学生もいる。
でも、とにかく自己表現するのが楽しそう。
肌の色も、出身国も、性別もこえて、それぞれがそれぞれのコスチュームで、それぞれに踊っています。
そしてそれを、周りで応援する通りがかった学生たち。
「ヒュー」「ヒュー」とはやしたて、みんなで大きな拍手を送っています。人が何かを表現したときに、それを批判したり、白眼視するのではなく、まずは応援するという身体が自然とできあがっているという気がします。
ここの学生たちは、変な「自己規制」の鎖につながれていません。
授業中も先生が話している最中、手をあげて自由に質問します。
そういう文化や雰囲気は日本でどうやったらできるのだろう、とまた考え込んでしまいました。