学報98号
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理事長祝辞他者への敬意と感謝忘れずにがあったなかで、現在のものを選んできたのは、ほかでもないあなたです。最初にちょっと名前を出した紀貫之という人は不思議な人です。ふつう教科書ではさきほどあげた『土佐日記』の作者、あるいは『古今和歌集』の選者の一人として紹介されていると思います。しかしこの貫之はとんでもない不幸な人でもありました。貫之が生まれたときにはすでに紀一族は摂政だった藤原氏に圧倒されていて、政府の隅っこに追いやられていました。貫之は『古今和歌集』の選者となって文化人としてはそれなりに有名になりますが、政治家としては閑職のまま年をとっていきます。そんななか、やっとありついたのが土佐守という仕事で、現在の高知に赴任します。ちなみに当時の国司は赴任地で賄賂を受け本日、卒業を許可された289名の皆さん、おめでとうございます。ご参列いただいております御父母の皆さまにも心からお祝い申し上げます。小学校から数えて16年の長きにわたりご子弟を励まし、支えてこられました、衷心より敬意を表します。本学は、創設者である、元衆議院議員の小沢辰男先生の「郷土の発展は人づくりから」という想いの下、新潟県、新潟市をはじめ多くの自治体、企業からのご寄附や補助により、国際化と情報化に貢献できる人材の育成を理念に、1994(平成6)年4月開学しました。今から29年前のことです。遡って当時を振り返ってみますと、開学の前の年には皇太子殿下・雅子さまのご成婚、プロサッカーリ取り、不正蓄財をおこなうことが常識でした。ところが貫之はそういうことをおこなわず任期を終え、貧乏なまま京都に戻ります。帰ってみたら貫之を支持していた政治家たちはほぼ全員死に絶えており、彼はまた政府の隅っこに追いやられます。そのときに彼が書いたのが『土佐日記』です。「をとこもすなる日記といふものを、をむなもしてみんとてするなり」という書き出しが有名ですね。これは差別的言辞でもある今ふうな言葉でいうと「ネットおかま」みたいなものです。しかしここにはどのような意図があったのでしょうか。もちろん土佐の現状も書いている日記ですから、当時の腐敗した政治を批判する意図はあったでしょう。社会内のさまざまな矛盾や問題も、軽妙な筆致も交えて描いています。さらには自分自身の家族への愛情ーグのJリーグの開幕、一方、大学開学の翌年には、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件等の痛ましい災害や事件も発生しています。その時代から29年間、25回の卒業式を挙行し7200人を超える卒業生を輩出してきました。本学にとっては学部学科の改組などもございましたが、幸いにも大きな事故・事件に巻き込まれることもなく今日を迎えました。多くの卒業生が県内外で活躍頂いておりますことを大変うれしく誇りに思っています。皆さんは今日で大学間での教育の享受を終了し、明日から実社会に進むことになります。今、世界は各地で地域紛争、差別や人権問題、自然災害や環境問題等人類の生命を脅かす脅威が頻発し、これまでにも増して非常事態の様相を呈してまいりました。また足元では、新型コロナウイルスの猛威、景気・経済の落ち込み、少子高齢化や人材不足等国力の低下も顕著になっております。皆さんは、いよいよこの不透明、不確実な実社会の只中に踏み出すことになります。明るく、希望が持てる社会であってほしいと願いますが、そう簡単ではないでしょう。それぞれが自分にできることは?と考えてみてください。イギリスの政治家ベンジャミン・デや、自身の老いについても正確に書き留めていきます。そのような領域が日本で初めて文字で表現されたのです。さらにそれらの表現を通して、和歌の技法とは何か、文学とは何かという大問題まで読者に伝えようとしていきます。そして男は漢詩を書くことしか許されてなかった当時、貫之にとっては女のふりをしてひらがなで書くことによってのみ、そうした問題を論じることが可能になったのです。こうして『土佐日記』は日本初の日記文学として歴史に残ります。この作品があってこそ、約六十年後に女性によって『枕草子』と『源氏物語』も生み出されます。これが紀貫之の覚悟と後悔の結果です。これも彼が自分の不幸を他人のせいにしなかったおかげで得られたものです。スレーリと言う人は「逆境は最大の教育環境である」と言っております。人間は理念・目的を持って行動するときや没頭できることに出会えた時に強い自主性を発揮します。皆さんはこの4年間、本学の教育方針である「自主的に判断し、自ら表現する」ことを学んできました。まず自分で考え、先生や友人と培ったコミュニケーション力を信じて一歩を踏み出してください。そこからが始まりです。そして、常に感謝の気持ちと敬意、尊敬の念を忘れないでください。社会は自分と同じ考えの人ばかりではありません。性別、職業も職種も異なります。多様性を認め合う社会においてお互いが敬意と尊敬の念をもって接することで理解が深まり、無用なトラブルや衝突の多くは避けられます。また、我々は一人で今があるわけではありません。家族や先輩・後輩、友人はじめ多くの人や仕事と関わっています。常に今の自分があることに感謝し他者に敬意をもって精進してください。いま、我が国は少子化が大きな社会問題となっています。昨年の出生者数は79万9千人と初めて80万人を割り込みました。岸田内閣みなさんに紀貫之になれとは言いません。しかし、彼の生き方にはなんらかのヒントはあるように思います。自分で考え、自分で判断し、自分で後悔もする。それが生きていくということで、それさえできれば十分です。書店の人生啓蒙書コーナーなどに並ぶ「男が二十代でやっておくべきこと」「できる女の十の習慣」などという本の愚かさは、実は大事なことを他人に求め、他人に判断してもらい、他人に責任をとらせようとする愚かさに通じます。そんなものを読むくらいなら、『土佐日記』、あるいは『カラマーゾフの兄弟』でも読んだほうが一億倍ましです。もしそれらを読んでつまらなかったら大学に来てください。謝ります。コロナがおさまっていて、時間もあれば酒席もつきあいます。本日はご卒業おめでとうございました。は関連予算の倍増等異次元という言葉を使って少子化対策を打ち出したところです。遅きに失した感はありますが、期待したいところです。少子化は経済成長力の低下や社会保障制度の面のみならず、学校経営の面からも死活問題です。新潟県内には20を超える国公私立大学があります。新潟県内にも収容定員を満たさない大学が半分あります。いわゆる定員割れ状態にありますが、本学はこの29年間一度も定員割れすることなく極めて順調に運営がなされてきました。熱心に教育・支援をされる先生方、職員のご尽力は勿論のこと、での30年を振り返り、そして、これからの30年に向けて、皆さんの母校として恥ずかしくないよう、そして発展し続けるよう法人、教職員一体となって常に大学改革に努めてまいります。どうぞ皆さんも折に触れて、故郷、新潟国際情報大学を訪ねてください。最後にこれから新たに社会人として人生を送られる皆さんには、健康で希望に満ちた人生を歩まれるよう心からお祈り申し上げ、お祝いの言葉と致します。これまでの卒業生の社会での活躍が評価を得ている証左だと思います。これま            9学校法人 新潟平成学院理事長 佐々木 辰弥新潟国際情報大学 学報 国際・情報 令和5年4月発行 2023年度 No.1

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